【1000文字小説】煙こそ苦しくも美し【煙草】

彼、彼女らは、今日も日陰で紫煙をくゆらせています。
夜の闇が町を包む頃から、体育館の裏。屋上。本通りから外れた裏路地。都市から離れたコンビニ。
先輩にもらったとか、ここは年齢確認が甘いとか。そんな話で盛り上がり、下卑た奇声をあげながら、彼、彼女らは夜の町を楽しんでいるのでしょう。
——無粋。あまりにも無粋。
彼、彼女らを見ていると、えも言われぬ不快感が沸々と込み上げてくるのです。
シュボっつ、とライターから火が爆ぜて。
ジュ〜、とタバコの先端に火の枝が伝って。
スパぁー、と間抜け顔で口を開けて煙を吐き出す。
緊まりのなく情けない擬音の数々が、ここまで聞こえてきそうで辟易します。
私は一介の高校生ですが、たばこに手を出したことは一度もありません。
それでも世間の目は冷たく、制服を身につけているだけで、あの野蛮なサルと同一視されてしまうものです。これはどの辱めよりも苦痛です。
なので今日も私は、人の目に付かぬよう、人の目に留まらぬ様まっすぐ家に帰るのです。
家に帰ると夕飯の支度は私がします。
元は姉と二人で夕飯の支度をしていたのですが、姉はもういません。
今は仏壇の写真の中に、淡く笑っている姉がいるだけです。
そして、姉が形見に残したものは、シーシャ。別名水タバコと呼ばれるものでした。

「苦しい」と姉は言ったのです。
社会人に成り立てだった姉は、帰って来たかと思ったら、声もなく泣きました。
その日から彼女は、会社に行かなくなりました。
そして一週間後、彼女は部屋に篭りきりになりました。通販で購入したシーシャとともに。
彼女は吸い続けました。
「フレーバーは林檎がおすすめよ」なんて言って。
喘息の身でありながら、姉は吸い続けました。
「このブクブクと水が泡立つのを見ていると落ち着くの」なんて、虚ろな目で語って。
咳が止まらなくなっても、姉は吸い続けました。
「炭をあぶっている時間もわくわくするの」なんて、喘鳴を鳴らして。
そうして姉は、逝きました。
何が悪かったのでしょうか。姉は悪くないのです。
決して野蛮な彼、彼女らなどとは異なっておりました。
それでも、姉は上手く生きれませんでした。

私は姉のようにはなりません。これを使いこなしてみせます。
姉の口付けたシーシャに、私も口付けをして。林檎味の煙を吸って。
水が爆ぜるのを心地よく眺めて。煙で一人の部屋を埋めるのです。

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