覚醒

草木も眠る丑三つ時、沓石帛太(くついしきぬた)は目を覚ました。
眠気眼をこすって、さながら芋虫のように布団から這いでる。6畳間の襖を開けて、廊下へ出る。
清と静まり返った闇がきぬたの目の前に広がっている。その中をきぬたはさも見えているかのように、すたすたと歩を進める。17年間暮らしてきた実家なのだから、夜目など効かずともどのように歩けばどこに辿り着けるかは体が覚えている。
4歩進んで右折、8歩半で目的の場所へたどり着く。
胸の高さあたり、壁にはめ込まれた電気のスイッチは目玉のように緑のランプが点灯している。指で押し込み、スイッチを入れる。そして、きぬたは個室へと入っていった。
要は、もよおして起きたのである。
しばらくもしない内にきぬたは個室から用を足して出て来る。
早々に布団に潜ろうと、廊下を進んでいくが、8歩半歩き、左折しようとしたところで足がピタリと止まった。
きぬたは見た。
廊下に配置された物置に、何かが蠢いている。何かはわからない。だが、確かに異様な気配だけがきぬたの全身に怖気を走らせた。物置の戸は閉まっている。開けるべきか。否か。きぬたは戸惑う。時計の秒針が1週した。きぬたは深呼吸して物置と向き合う。物置の戸に手をかけて思い切り引いた。
目の前には、暗闇が渦を巻いていた。ブラックホールというにはその渦は神秘的じゃない。もっと毒々しく禍々しい空間の歪みがそこにはあった。
「なに……これ」
思わず声が出る。主人公の第一声がこれである。勘弁してほしい限りだ。
本来は、物置には来客用の布団や季節物の家電などが所狭しと押し込まれていたはずだ。しかし、そんなものは今存在しない。きぬたは恐る恐る手を伸ばす。
途端、ズルッとその手が渦に引き摺り込まれる。
「なっ……!」
悲鳴をあげる間も無く、きぬたはその渦の中へ引き込まれていった。

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