沓石家の朝は早い

 きぬたは目が覚めた。辺りは暗い。腹筋に力を込めて、上半身を勢いで起こしたがそれが災いした。
 ごっと鈍い音がしたかと思ったら、きぬたの頭に衝撃が走る。
「いっっつ――」
 声にならない悲鳴が続いた。どうやら酷く狭いらしい。
 頭を摩りつつも、きぬたはここがどこなのかを特定したと言わんばかりに手探りで壁に手を伸ばす。
 そして、わずかな窪みに指を引っ掛け横にスライドさせると、光が入ってきた。
 廊下の物置の中だった。来客用の布団の上にきぬたは横になっていた。
 なぜここにいたのかは、わからなくはない。昨日の夜ここには確かに……。
 それでもきぬたは自分の思考を遮った。
 とにかくここから出なければと、体を横にして廊下に這い出た。

 きぬたの自室とは向かいの扉を開けるとそこはリビング兼キッチンだ。
 すでに家族の皆が集まっており食卓を囲って居た。
 北側には、父、春之が。
 東側にはきぬたの祖父の多次郎と祖母の貴依が雛の節句のようにちょこんと二人並んで座って居る。
 南側は母、雅子の席だが、今は台所に立ち皿を片していた。
 壁掛け時計は7時30分を示しており、一同はすでに朝食を済ませている。
 きぬた一人が不名誉なヒーローさながら遅れて登場した形となった。
「おはよう。きぬた」
 祖父がにこやかに言う。
「うん。おはよ」
 頭を打ったというのに、まだ意識がはっきりしない。不思議な夢を見たからだろうか。
 いや、頭を打ったから意識がはっきりしないのだろうか。それならば早く病院に行くべきだろう。
「押し入れで寝てたねぇ」
 祖母の貴依が、微笑んできた。
「うん。って、なんで知ってるの!?」
「そりゃわかるわよ。いびきがうるさかったわ。猫型ロボットにでもなる気かい」
「ならないよ」
 ごはんをよそいながら、雅子が茶化すように言った。
 きぬたが腰を下ろして、雅子から茶碗を強引に頂く。
「そいつはいいね」
 貴依と多次郎が声をそろえてカラカラと笑った。
「わたしゃ、空が飛びたいね」
「夢見るなぁ。ばあさん」
 貴依が意気揚々と言い、多次郎がそれを窘めた。
「なんね、じいさん。文句でも」
「ない」
 押し入れの中で眠っていたきぬたを差し置いて、この家の住人はトントンと自分たちのペースで話を進める。
 きぬたにとってはいつもの朝だった。父の春之だけは、黙って新聞に目を通しているわけだがこれもまたいつも通りだ。
 ごはんの粒を噛み締めながら、きぬたは想像を巡らせる。
 そもそもあれは夢だったのか、疑問が残る。
 ゆっくりと咀嚼することで、米性来の甘味がじんわりと滲み出てくる。
 きぬたは仄かな甘みが喉を通りこしていくのを感じながら思案に耽った。

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