その人は綺麗だった。

 ゲーム機をスリープモードにして、テレビの電源を切った。
 そして、きぬたはごろりと横になる。
 途端に静寂がきぬたを襲った。幼少の頃から壁に掛けられている掛け時計ばかりがチクタクと鳴っている。それがきぬたの耳に障った。
 うるさいな。と思う。
 寝返りをうつ。10時25分。聞こえるはずもないのに、2限目の始業の鐘が聞こえてくる気がする。
 とっさにきぬたは耳を塞ぐ。
「うっせぇよ。くそが」
 吐いた言葉は、振動になって空を割くばかりで、誰にも届かない。
 まだ、何か嫌な音が聴こえるような気がして、嫌なものが目に入るような気がした。
 ぎゅっと目を閉じた。
 そしてきぬたは見た。瞼の裏側に。
 城。

「あ――」

 鼓膜の奥で響いていた始業を示す軽快で間延びした鐘の音は、彼の地で聴いた荘厳な音に変わっていた。

「なんだよ。これ……なんで」

 そしてきぬたは鮮明に思い出した。今朝見ていた夢の中の出来事を。

 どこからか鐘の音が響いていた。
 城の一室できぬたはそれを聴いた。

 大柄な男に連れられてきぬたはエステフィア城、謁見の間にすんなりと通された。警備がざるだなとは思っても口には出なかった。
 
「第三代エステフィア王が長子リーリン・キャメロン・アップルホワイトです。よく来てくれましたね。アルマ・エルデイン=キヌタ卿」

 清廉な佇まいで彼女は礼をした。

 アルマ・エルデイン=キヌタ。それがこの場所でのキヌタの名前なのだということを彼は朧気ながら理解した。
 ラストネームばかりが聞きなれた自分の名前。それが逆に違和感を助長させている気さえする。それでもキヌタは応える他なかった。
 姫の御前で、粗相は許されないのだ。

「い、いえ! そんな、これは、その――名誉なことでございますっ!」

 片言の強張らせた声を響かせたと同時に、キヌタは腰を九十度に折って頭を垂れた。
 あまりにも、滑稽な挨拶に横でなりゆきを見ていた大柄な男が呆れたといわんばかりに溜息をついた。

「ヴァールハルト、下がってください」
「姫、ですが……」
「いいのです」

 頭を垂れたままのキヌタを他所に二人の視線が交わる。
 姫の澄んだ瞳は大柄な男――ヴァールハルトを従わせるには十分だった。

「御意」

 ヴァールハルトが謁見の間から出ていく。一礼の後に静かに扉が閉められた。

「顔を挙げてください。アルマ」
「は、はいぃ!」

 キヌタはゆっくりと顔をあげた。
 改めて姫の姿を直視する。
 白を基調としたドレス。銀色のティアラ。
 すらりと腰まで伸びた金髪に、澄んだ碧い瞳。
 それは、どこからどう見ても、申し分ないほどに、一国の姫だった。

「硬いですよ。もっと楽にしてください」

 姫がやんわりとほほ笑んだ。
 その表情がキヌタの筋肉を弛緩させる。

「では、アルマ。この世界のことを少しお話しましょう」

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