「どうぞ。こちらへ。立ち話もなんですから座ってください」
リーリンがキヌタにソファに腰をかけるように促した。
キヌタはロボットさながらにカクカクとした動きで、腰を下ろした。
「ヴァールハルトが無礼をいたしましたね」
「いえっ! とんでもございません!」
「一言応える度に堅くならなくてもいいですよ。私のことはリーリンとでも気軽に呼んでいただければ結構ですよ」
「そうですか。えっと……ご丁寧にどうも」
「あなたは、アルマ・エルデイン=キヌタ卿。そうですね? 最年少で剣技の才を見出された人」
「はい。そう、らしいです。はい」
きぬたの曖昧な物言いにも、姫は微笑を崩さない。
きぬたは取り付くように矢継ぎ早に口走る。
「どうもアルマって自分の名前じゃないような気がして」
「では、キヌタでいいですか?」
不意に名を呼ばれたことで、キヌタは思わず手で口元を押さえた。
「そ、それでいいです」
絞りだした声はあまりにもか細く、どこか震えていた。
リーリンは彼の心情など気にも留めることなく続けた。
「キヌタ。あなたは、アルマであり、キヌタです」
「え?」
違和感があった。キヌタがその言葉の意味を考える暇もなくリーリンは続ける。
「言いましたよね。この世界のことを少しお話しましょうって」
姫は訥々と話し始める。
「向こう側のことは私にはわかりませんが、時々紛れ込んで来るものがいるのです。そして、その者は、必ず向こうが夜のとき、この世界の昼にのみ門を潜ってやってくる」
リーリンの肩にかかっていた長髪がさらりと前に流れた。きぬたは流れた髪を目で追った。そしてまた、姫の表情を掠め視た。リーリンは、キヌタの目をまっすぐに見ていた。
見とれているから話が入ってこないのか。それとも、話が入ってこないから見とれているのかキヌタには判別がつかなかった。
「えっと。つまりどういうことだよ。向こうっていうのは、俺の……。そう、地球? いや、日本の」
「そう。本来あなたが生を受けた場所のことです」
リーリンが語った世界は確かに、キヌタが沓石帛太である世界のことを指していた。
「なんで、なんで、俺が……」
そこから先の言葉は続かなかった。何を続けていいのかわからなかったと言った方が正しいだろうか。しばし部屋の中は沈黙に満ち満ちた。どこか遠くで鐘が鳴っている。カランカランと澄んだ音だった。それを聞いて、キヌタは何を聞くべきかを決心したように口を開く。
「どうして俺はここにきたんだ」
「それは……」
リーリンが一度言葉を切った。キヌタから目を逸らすと重たく息を吐いた。自身を落ち着けるようにゆっくりと。
「あなたが、望んだからです」
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