深夜一時。きぬたは家族が寝静まった頃を見計らい、そろりそろりと部屋から抜け出した。
ふすまを丁寧に閉めた。足音を殺して歩き出す。なぜそうしなければいけないのか、きぬた自身わからなかったが、身体がそのように動いた。一歩二歩。一切の音を立ててはいけない錯覚に囚われ足音どころか息さえも殺してきぬたはたった四歩強の距離をじっくり時間をかけて進んだ。
そして、その前に立つ。何の変哲もない押し入れだ。
引手に指をかけて、ゆっくりと襖を開いた。
そこには、やはり昼間とは違う様相で、闇がきぬたを見つめていた。
きぬたの夜目が効いているわけではない。それでもきぬたには見えていた。
円形の闇だ。囂々と低い音が響いている。
黒と紫を綯い交ぜにした禍々しい渦のようなそれはきぬたを睨むように蠢いている。
その向こう側。
それがなんなのかはきぬたにはわからない。だが、この向こうにあの城がある。あの姫がいる。
首にできた痣がなんなのか。それはおそらくこの出来事と関係があるのだろう。きぬたはどこか確信めいたものを感じていた。
きぬたの表情が締まる。手を伸ばした。そして足を一歩踏み入れる。
歓迎するかのように、闇が一際大きくうねった。きぬたの肢体は闇の中へ誘われた。
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