夕凪に響け

 つゆの泣き声はよく響く。
 赤ん坊の時から元気に泣く子だとは思っていたが、今日はさながら怪獣のようだ。

「おばあちゃーん! 目が痛いよぉー!」

 涙をぼろぼろと零して、私の腰にギュッと両手を回してきた。
 おやおや割烹着が台無しだね。

「そりゃあそうさね。たまねぎっていうのはそういうもんさ」

 7歳になった孫娘が、私だっておばあちゃんみたいに料理がしたいと言い出したから、私は張り切っちゃってね。手始めに料理の手強さを教えてあげようと、子供でも扱える小さな包丁とたまねぎを渡した。そしたらどうだいちっともしない間にこの様だよ。
 まったく。こりゃ先が思いやられるね。なんて、本当はうれしいなんて思っちゃいないよ。

「私、たまねぎは好きだけど嫌い! 料理は大っ嫌い」

 すぐに投げ出すんだから困ったもんさ。一体全体料理が嫌いでどうやってお嫁さんになるつもりだろうね。そんなことよりも、あんまり抱きつかれちゃうと、とてもじゃないが火の元になんて立てやしない。どうしましょうかね。

「おばあちゃーん! このまま目が見えなくなっちゃったらどうしよう!」

 涙と鼻水でぐしゅぐしゃになっている顔を割烹着にぐりぐりと押し当ててくるもんだから、さてどうしたものかね。婆の腕の見せ所ってやつさね。

「大丈夫だぁよ! ほーら、つゆ! 縁側に行こう」

 火を切って、半ばつゆを引き摺るようにして縁側まで一足さ。

 つゆの大好きな場所はうちの縁側さ。
 うちの縁側からは海が綺麗に見えてね。
 どれだけ泣きじゃくっても、ここに来れば涙はすっと引っ込んで、笑顔がぱっと咲き溢れるんだ。私は魔女じゃあないけれど、つゆを泣き止ませるのは得意なんだよ。全部この縁側のおかげなんだけど、それは言わない約束さ。
 真っ白なお月様が東の方から顔出してる。おや。今日は特別な日だね。

「おばあちゃん! 聞こえる!」

 つゆも気が付いたみたいで、足をバタバタさせて大はしゃぎさ。
 風が吹かない夕凪の時だけ、浦の方から水夫たちの掛け声が聞こえてくるんだ。うちの旦那もそこに交じって今頃、船を漕いでるだろうさ。

「おじいちゃんの声も聞こえたよ! ようそろーって!」
「おや、つゆは耳が良いねぇ」

 私も若い時はあの人の声を聞きとることができたっけねぇ、最近じゃあバカになってね。年っていうのには敵わないもんさ。
 つゆは一通り海に向かってようそろー! って叫んで疲れちゃったのかねぇ。たまねぎのことなんかすっかり忘れちゃったみたいだね。おや、玉ねぎといえば、そうだ。晩の支度を拵えなくっちゃ。肉じゃがはあの人の大好物さ。腕によりをかけて作らなきゃね。愛想を尽かされちゃうってもんさ。

 悔しいけれど、つゆはどっちかというとおじいちゃんっこさ。
 あの人が海から帰ってくると、付きっ切りで離れやしない。おじいさんもおじいさんで、私には、笑顔なんてちっとも見せたことなかったくせに、つゆがいると余計に顔にしわができちゃうんじゃないかってくらいに顔が緩んじゃってて困ったもんさ。
 べったりと甘える二人を後目に見て、私はせっせと机にごはんを出して、お茶を沸かす。
 晩のおかずはにくじゃがさ。

「私、にくじゃがに入ってる玉ねぎは嫌いになれないわ!」

 まったく都合のいい子だよ。さっきまで玉ねぎに泣かされていたっていうのに、いまじゃけろっとしちゃって。まぁ、そこが可愛いんだけどね。

「玉ねぎと何かあったのか?」

 あの人がつゆに問いかけると、つゆはえへへと笑うだけ。

「まぁ、通過儀礼みたいなもんさね」
「そうか」

 納得したのか、私には聞いてないのか。相変わらず無愛想な人さ。

「つーかぎれーってなーにー?」
「通らなきゃいけない道のことさね」
「ふーん。ところでよーそろーってどーゆーことなの」

 知らずに使っていたのかい。

「まっすぐ進めって意味だよ」

 私が口を開くよりも先に、おじいさんが言った。おじいさんの声は優しい。荒れない海を感じさせてくれる。私はだからおじいさんと結婚したんだね。なんて、惚気はこれくらいにしようかね。この歳になって頭がお花畑なんて言われちゃたまんないからね。
 そうそう、宜候の意味を聞いたつゆはまんまるな目をもっとまんまるにしてね。どうやらつゆの中の流行語大賞が決定したみたい。これからの口癖も宜候になるのかと思うとなんだかおかしいね。

「ようそろー!」

 ほら、さっそくつゆの高らかな声が居間に広がってね。
 賑やかなのはいいけれど、些か賑やか過ぎやしないかい。

 つゆが中学生になってね。私たちは大いに喜んだよ。ただね。そんなのもつかの間、最近の女の子は村特有の窮屈が嫌いなのかね。漁村なんて魚臭い。おしゃれなんかにも気を使いたい年ごろになってね。そうなってくると、老人っていうのは、煙たがられるもんさ。
 元気だったつゆも、落ち着いた子になっちゃってね。最近じゃ家の中は静かなもんさ。じいさんの茶のすする音。私が編み物をする音。時計の音。それ以外なにもない。寂しくなんてないさ。これが成長と思えばいいのさ。つゆが非行に走ったわけでもあるまいし。ただ、いってきます。ただいま。おかえりなさい。日常の基盤になる挨拶が消えていくのはちょっと辛いかね。
 じいさんはつゆの「よーそろー!」がまた聞きたいなぁなんてぼやいたことがあったけど、つゆは「おじいちゃん、もう私もそんな歳じゃないよ」と断っていたねぇ。
 じいさんの残念そうな顔はなんでか私もつらくなるね。
 
 ある日の朝のことさ。じいさんがぽっくり逝った。なんとまぁあっけない。
 私たちもだいぶ老けてしまってたからね。こんな日もくるだろうと心の片隅では思っていたけど。
 昨日の晩はにくじゃがだったから満足かね。どうだろうね。仏さんは返事をしないから困ったもんさ。配偶者の葬式って結構大変なんだよ。
 棺を見てつゆが唇まで真っ青にしてね。つゆはこれが初めてだから。
 つゆの横に並んだ。おじいさんを覗き込む。思ったよりも綺麗な顔さ。つゆの顔の方がひどい。ばばあの憎まれ口でも叩いてやろうかね。

「つゆや。これもね、通過儀礼なんだよ」

 あの一晩で教えたこと。つゆは覚えているかい? 玉ねぎで涙を流したときと同じように、これも、人が土に還るのもまた、通過儀礼なのさ。
 つゆはどうしてか。はっとしたように顔をあげた。

「そう、だよね。そうだ。通過儀礼だ」

 それきり、つゆは押し黙ってしまった。
 
 葬式の段が済んで、日も落ちそうさ。
 忙しいったらありゃしないね。でも、忙しいから亡くなった人を考えずに済むのかもしれないね。
 なんて思いながら、一服していたらつゆの方から珍しく私を訪ねてきてね。

「おばあちゃん。海に行きたい。お散歩行こうよ」

 孫からの誘いを断る婆がどこにいますか。
 言うことを利かなくなっちまった腰に鞭打って、よっこらしょと立ち上がる。
 そうして、つゆと一緒に港まで。つゆの今の足だと5分で着けちまうけどね。私の手をとってくれちゃあ倍かかる。それでも文句を言わない孫はそこそこいい子に育ったね。
 港は静かなもんさ。波のひとつも立てないでただただゆらゆらとしている。水平線の向こうにお天道さんが沈んでいきそうだね。久しぶりに港まで出てきたけど、気持ちいいじゃないか。
 つゆは私の横で大きく息を吸い込んだ。

「おじいちゃーん! 私、まっすぐ進むよ! 玉ねぎも嫌いじゃないよ! 冷たくしてごめんね! おじいちゃんが大好きだよ! 宜候ー!」

 ぐしゃぐしゃな声で叫んで、つゆは泣き崩れた。あぁあぁ。こんなに泣かれちゃ、こっちは泣けないじゃないか。なぁ、おじいさん。あんたの船出に泣いてやれない嫁で申し訳ないね。
 でもね、つゆの涙を止めるのは、得意なんだよ。婆の腕の見せ所さ。
 私はつゆの背をさすり続けたが、夕凪の港につゆの泣き声はどこまでも澄み渡っていった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました