書くための試行錯誤

なんで書いてるの。

 別に書くことに意味はないです。かれこれそれっぽく惰性で続けているような気がしなくもないです。整理のために出力することにしました。

 文章が上手いわけではありません。行間を読むのも苦手です。なんで書いてるんでしょうね? 書くことが好きだから? いやいや、書かないでいいならそれに越したことはないですよ。だって、タイピングめんどうですし。おすし。食べたいですね。昨今、陰謀論とかで脳と5Gが接続されるとかありますが、繋がれるもんなら繋がりたいです。きっと脳内で思っていること全部出力してくれますよ。最高じゃないですか。話、逸れますね。中の人は理系(笑)らしいので理系らしく結論から行きましょう。(最初からそうしろ。あ、『(笑)』ってもう使いません? 時代の流れは残酷だなぁって思った人はお友達ですね。よろしくお願いします。)あ、そうそう。なんで書いているかの結論でしたね。

 お話を考えるのが好きだから。

 ふぅ。なんたる綺麗ごと。

 こんなお話があればいいなと頭の中で想像もとい妄想が浮かんでは消える。(それ、現実逃避っていうらしいですよ)
 たぶん探せばあるんでしょう。こんなお話あったらいいなってお話はたぶん既にあるんです。ただ、見つけられないだけで。大昔からず~~~~~~~~~~っとお話は作られてきたので、私のちっぽけな思考で生み出せるものが世に生み出せていないわけがないと思うんですよ。あるいは生み出す価値もないほどつまらないお話ですかね。はぁ。偏屈。

 今この世に存在するすべて(これは比喩ではなくほんとうの意味ですべて)の作品の山の中から自分の好きにベストマッチする一作を見つける? ハハッ。そいつは難儀ですね。

 自分で書いた方が早そうです。(そして未完の大作ができあがるわけです)

 あいにくお話(この中身はご想像にお任せします)を書き始めたのは小学六年。たぶんもう染みついてるんですよね。いや、黒歴史しか生んでませんが。成長もしている気配もないですが。
 そもそも成長とかいう言葉があまり好きではないです。生きてるだけでしんどいのに、なんで限界突破をこの社会(主語がでかい)はしたがるんでしょうね。おっと話が横道に逸れましたね。これはこれ、それはそれです。
 そも小説においての成長ってなんでしょうね。前作よりも上手い小説を書くこと。では、上手い小説を書くってどういうことでしょう。これはさんざんそこら中で言われているので割愛でいい気がします。ググればいくらでもでてくるでしょう。
 文章作法関連。判断基準の一つとなっているのは事実でしょう。
 文章の正誤。これも確かに一つの判断基準です。文章の使い方が雑だったり、誤っている使われ方をされているとすぐ回れ右したくなります。回れ右していいのは回れ右される覚悟があるやつだけです。って、ことで私の文章が下手ならすぐ回れ右してくださって構いません。
 お話の整合性。これも大事かと思います。個人的に時系列がぐっちゃぐちゃだともう無理ですね。

 とりあえず、挙げればキリがないので自分の想像もとい妄想をどれだけ正確に文章化できるかくらいにしておきましょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました